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新潟地方裁判所 昭和45年(わ)329号 判決 1972年7月31日

被告人 八木制

大一〇・九・二八生 医師

主文

被告人を禁錮一〇月に処する。

この裁判の確定した日から二年間右の刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和一七年に新潟医科大学附属専門部を卒業し、外科医となり、戦後、新潟鉄道病院等に勤務した後、昭和三〇年に新潟市流作場五軒割一、七五八番地八の現住所に八木外科医院を開業して現在に至っている。右八木医院は鉄筋ブロツク二階建の建物であり、階下は玄関を入るとほぼ中央に待合室とそこから奥へ通ずる廊下があり、廊下をはさんで左側には受付兼薬局、これと連がり区切りのない診察室、処置室、看護婦室と続き、右側には二階へ通ずる階段、レントゲン室、手術室等があり、二階には入院患者用の病室が八部屋ある。昭和四四年五月当時、被告人方医院の従業員は看護婦見習江端えい一人であり、そのほかには看護婦の資格のない、被告人の妻スズイが受付事務をやつており、時には被告人の指示で手術の際の機械の準備などの仕事を手伝つていた。

長野マセ(本件当時六四歳)は、昭和四四年四月一六日から同月二七日まで胆のう炎の治療のため、被告人方医院へ通院し、軽快したため一旦通院を打切つたが、同年五月二四日から左輸尿管結石のため、再度通院するようになり、同年二五日から連日ラクテツク(乳酸リンゲル液)五〇〇立方センチメートル(以下C・Cと略す。)、マンニツトール三〇〇C・Cの注射を受けた。その方法は右薬液の入つている容器を床から約一八〇センチメートルの高さにつるしておき、これからプラスチツクの輸液セツトを連結して、その先に注射針をつけ、床から約五六センチメートルの高さの診察台の上にあおむけに寝ている長野マセの腕に静脈注射する、いわゆる点滴静脈注射であつた。しかし右点滴静脈注射の注射液の入り方が遅いので、同月二九日になつて被告人はラクテツク注射液の入りを高くするため、二連球と称する手揉ポンプ(昭和四六年押八号の6)を使用して加圧することにより、点滴の速度を速めて、点滴注射を行なつた。

同月三〇日午前一〇時五五分頃、長野マセは次女弦巻レイに付き添われて、被告人方医院を訪れた。被告人は、すぐに長野マセの診察に入り、レントゲン撮影をしたあと、午前一一時一〇分ないし一五分頃から診察室で長野マセの右腕にラクテツク五〇〇C・Cの前記の点滴注射を始めた。それが終つたらマンニツトール三〇〇C・Cの注射をする予定であつた。点滴注射開始後三〇分位しても、点滴の速度が遅く、ラクテツクが約五〇C・Cしか点滴されず、かつそれも不規則であり、途中で点滴が止まることも予想できたので、被告人は前日と同様二連球を使用して点滴の速度を速めることとした。そこで前記のようにつるしてあつたラクテツク容器の上部に空気を入れるために刺してあつた空気針に、二連球を連結し、二連球の網目のかかつていない方のゴム球を揉んで加圧し、点滴の速度を速めたうえ、被告人は診察室内の自席に戻つた。

右のように、二連球で加圧して患者に点滴注射をする際には、注射液が注入され尽くしても二連球内およびラクテツク容器内に加圧された空気が残つている場合、その空気が注射針を通じて患者の静脈内に注入され、点滴を受けている患者の生命に危険を招くおそれがあるので、医師としては右の危険性を十分認識し、注射液の残量が少なくなつたときは、直ちに点滴注射を中止し、あるいは二連球を取り去るなどしまたもし自分がやむなく患者の傍らを離れなければならない場合には看護婦その他の者に必要な指示を与えるなどして、危険の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があつた。それにもかかわらず、被告人は、点滴注射を続けている間に看護婦見習江端えいから二階の病室の入院患者の熱が高い旨の報告を受けるや、午後〇時四〇分ないし五〇分頃、前記業務上の注意義務に違背して、注射液の残量が約一〇〇C・Cしかないことを知りながら、二連球を取り去らず、その他その危険の発生を防止すべきなんらの措置も施こさず、長野マセに対する点滴注射を継続したまま、二階の入院患者の病状を調べるため、漫然と診察室を離れた過失により、やがて長野マセに対してラクテツク液が注入し尽くされたあと、加圧された空気が、同女の静脈内に注入されたため、午後一時二〇分頃、同所で、静脈性空気栓塞により、同女を死亡させるに至つた。

(証拠の標目)(略)

(被告人および弁護人の主張に対する判断)

一、被告人および弁護人は、被告人が二階に上がるとき、被告人は、ラクテツク容器に連結された二連球がしぼんだ状態、すなわち二連球内の空気圧が平圧になつているのを確めたものであるから、その時点でなお二連球内が加圧状態にあつたことを前提とする被告人の医師としての過失は認めることができない、と主張するので、以下関係証拠を検討して次のとおり判断する。

二、因果関係

(一)、本件の被害者である長野マセの死亡原因が、多量の空気が被害者の静脈から体内に注入されたことによる空気栓塞であることは、医師茂野録良作成の鑑定書により明らかである。また右の空気栓塞の原因となつた静脈への空気の注入は、本件当日被告人が被害者に対してラクテツク注射液を点滴注射する際用いた二連球の空気が加圧されていたため、ラクテツク注射液が体内に注入され尽くした後、これに引き続いて静脈中に加圧された空気が注入した(ラクテツク容器内の空気圧が平圧の場合に、その空気が注射針を通じて静脈内に多量に注入されることは考えられない。)ものであつて、本件について、他に空気栓塞の原因となりうるような、外界に通ずる大血管の切断を伴うような外傷をはじめ、子宮卵管の通気、人工気腹等の既往歴も本件被害者の身体に全くないことは、関係証拠、ことに右鑑定書により疑いを容れないところであり、この点は被告人も明らかに争うところではない。

(二)、そうだとすれば、本件の事実認定上の問題は、基本的には、ラクテツク注射液が被害者の体内に注入され尽くした後、なお二連球内およびラクテツク容器内の空気を二連球による加圧状態のままにしておいたのが被告人であるか、否かということである。そして本件で、被告人は判示のように被害者に対して点滴注射をはじめて三〇分位した後に二連球を連結し、その際に二連球の網目のかかつていない方のゴム球を手で揉んで加圧したが、その後には全く加圧行為をしていないことが明らかであり、また被告人が入院患者国田邦夫の病状を調べるため二階に上る前には、弦巻レイその他の第三者が二連球による加圧行為をする余地はなかつたことが認められるから、右の問題は被告人の当初の二連球による加圧の効果が被告人が二階へ上つた後も事故当時まで続いていたか、それともまた被告人が二階へ上つた後に弦巻レイその他の第三者が新たな加圧行為をしたかどうかにしぼられることになる。そして被告人以外の者が関与したか否かについては、後でくわしくのべるように弦巻レイその他の第三者が新たな加圧行為をした形跡は全く認められないのであつて、その結果として、本件では他に加圧の原因がない以上、細部においては問題の余地があるとしても、基本的には被告人の当初の二連球による加圧の効果が事故当時まで続いたことが客観的に推認される関係にあることが注意されなければならない。

(三)、そこで、次に被告人および弁護人の個々の主張に触れながら、少しく詳細に検討を加えることとする。

まず、(イ)、被害者長野マセが次女である弦巻レイに付き添われて被告人の診察を受けるため、当時被告人方医院を訪れた時刻が午前一〇時五五分頃であること、(ロ)、被害者が被告人方医院を訪れてからすぐ被告人の診察を受け、被告人は被害者の病状の報告を受け、レントゲン撮影をした後すぐに点滴注射を開始したこと、その点滴開始の時刻が午前一一時一〇分ないし一五分頃であること、(ハ)、被害者に対する点滴の速度が遅く、かつ不規則であつたので、点滴開始後三〇分位して午前一一時四〇分ないし四五分頃から二連球を使用して加圧をはじめたこと、(ニ)、その際のラクテツク容器内の注射液の残量が約四五〇C・Cであつたこと、(ホ)、その後被告人が二階へ上る際、ラクテツク容器内の注射液の残量が約一〇〇C・Cであつたこと、(ヘ)、午後一時ないし一時五分頃被害者の容態が急変し、午後一時二〇分頃死亡したことは、関係証拠によりこれを認めるに十分であり、多く説明する必要がない(以上の点は検察官と被告人、弁護人との間でほぼ争いのないところである。)。

(四)、右の二連球を使用し加圧をはじめた際、被告人が二連球にどの程度加圧したか、これに関連して被告人が二階へ上がる際二連球の状態がどうであつたか、を検討する。

被告人は、捜査段階から公判を通じてほぼ一貫して、二連球をつける際網目のかかつていないゴム球を三回揉んだにすぎないし(第二回公判での検証の結果によると、その結果として網目のかかつているゴム球の短径は約六センチメートル)、二階へ上る際、網目のかかつているゴム球の大きさはしぼんで、中の空気圧はほとんど平圧の状態にあつたといい(なお、以下に二連球を揉むというときには、網目のかかつていないゴム球を指し、二連球の大きさをいうときには、網目のかかつているゴム球を指すことにする。)、はじめに三回しか揉まなかつた理由としては、点滴の速度が一秒に約一滴という正常な状態になればよいのであつて、その後引き続き二連球により加圧を続ける必要はないというのである。これに対し、証人弦巻レイ(第一回公判)は、被告人が二連球をつける際二連球を一〇回位揉んだといい(第二回公判での検証の際の同人の指示によると、二連球の短径は約一一センチメートル)、また被告人が二階へ上る際の二連球の大きさは、まだかなりの大きさ(右検証の際の同人の指示によると、二連球の短径は約九・三センチメートル)であつたというのである。

ところで、鑑定人木村武司作成の鑑定書によると、ラクテツク容器内の注射液の残量が四五〇C・Cである場合に、二連球の短径が被告人の指示する短径六センチメートルとなるように加圧された状態から平圧になるまでに要する時間は、五回の実験で九分三〇秒から一三分三〇秒で平均的な時間は一〇分三〇秒であること、また弦巻レイの指示する短径一一センチメートルとなるように加圧された状態から平圧になるまでに要する時間は、六回の実験で一時間三分から一時間一一分で、平均的な時間は一時間一〇分であることが認められる。もつとも右の鑑定の際の使用器具類や諸条件、とくにラクテツクの上部に突き刺した二連球から通ずる管の先の空気針の太さやその部分の穴の大きさなどが、本件当時のそれと同一またはほぼ同一であることは証明されていないし、また鑑定の際には注射針の先は大気中に開放されていて、人体に入つている場合でないから、この鑑定がそのまま本件の場合にあてはまるわけではない。しかし、とも角被告人のいう三回という二連球の揉み方では、一〇分前後という短時間(さらに若干の誤差を考慮に入れても、ごく短時間であることには変りがなく、恐らく二〇分もかからないのではないかと思われる。)でラクテツク容器内の空気圧は平圧に戻つてしまう。そして、それならば被告人が二階へ行く段階(後でのべるとおり二連球を使い始めてから約一時間たつた時点)では、二連球は当然平圧になつているはずで、被告人の供述するように、二連球がしぼんでいるのを確認したという必要性はないこととなるのである。被告人は二連球を三回しか揉まなかつた理由として、二連球を使うことによつて点滴の速度を一秒に一滴という正常な状態にすれば足りたからであると主張するもののようであるが、この点については疑なきを得ない。けだし、被告人の供述によると本件の被害者に対する点滴に際し二連球による加圧という、一般に例の少ない手段をとつたのは、前記のように被害者に対する点滴の速度が遅くかつ不規則であつたことに加えて、注射針を刺すべき肘窩部の皮下に静脈が現われにくく、もしも注射針の先が詰まつて点滴が止まると、注射針を静脈に刺し直さなければならないが、この刺し直しが困難であるので、針先が詰まるのを避けようとしたからであるというのである。そうだとすれば、一時点滴が正常な状態に戻つてもまた遅く不規則になることも考えられ、もしそうなつては注射針を静脈に刺し直さなければならないのであるから、このようなことを考えれば点滴時間(本件のような五〇〇C・Cの注射液では、正常な場合でも一時間半から二時間はかかるとされる。)の相当の部分にわたつて加圧状態を続けなければ、その目的を十分に達することができないからである。もつとも二連球さえ連結しておけば、はじめにそれ程強く加圧しなくても、その途中で必要の都度加圧するという方法も考えられるが、点滴の途中でその必要があるかないかを一一確めるのはわずらわしくもあり、また途中に他の用事をしなければならないこともありうるから、はじめに強く加圧してその効果を点滴終了まで持続させるのが最も簡便であり、その目的に合致すると考えられる。またさきにのべたように、本件では被告人以外には二連球に加圧した者が認められないのであつて、被害者の静脈から体内に多量の空気が注入されていることが前記の鑑定人茂野録良作成の鑑定書等により動かし難い事実として認められる以上、それは被告人の当初の加圧行為の効果がつづいていたものと解するほかはないが、被告人のいうところはこれと大きく矛盾することになるのである。このように当初の加圧の際二連球を三回揉んだだけであるとか、二階へ行くときには二連球はしぼんで平圧状態にあつたとの被告人の供述は、到底採用できないものというほかはない。また証人江端えいの証言中には、被告人が二階へ行つてから血圧計をとつてくるようにいわれて階下の診察室へ来たとき、二連球はしぼんでいた旨の部分があるが、右は二連球の状態がどうであつたかわからない旨の同人の検察官調書の記載と著しくくい違つているばかりでなく、右に説明したところに照らし、同じく採用できない。

これに反し証人弦巻レイの供述はさきに述べたとおりであつて、これによれば被告人は二連球を連結した当初に相当強い加圧行為をなし、また被告人が二階へ行くときにも二連球はなおかなりの大きさを保持していたことになるのである。ところで同人は被害者の次女であつて、被告人とは立場が対立するばかりでなく、感情的にも微妙なものがあるといわなければならないので、その供述の信用性については慎重な吟味を加えることが必要であるところ、同人の証言は、部分的にはその観察、記憶、表現等について不正確さや誇張も見られるのであるが、ここで問題としている点については、前記の各鑑定により認められる客観的事実とほぼ対応し、あるいは少なくともこれと矛盾しないのであつて、大筋においては信用するに足りるものといわなければならない。そして同証言のほか、鑑定人木村武司作成の鑑定書および新潟県警察本部刑事部鑑識課長作成の「実験実施結果について(回答)」と題する書面中の木村武司作成の実験記録書の記載を総合すれば、被告人が二連球を使用して加圧をはじめた際、二連球の短径が約一一センチメートル(その空気量約八〇〇C・C)になるまで加圧し、また被告人が二階へ上がる際にも、二連球の短径はなお七・五ないし八センチメートル(その空気量約三〇〇C・C)を維持していたものと認めるのが相当である。なお裁判所の命じた鑑定人木村武司は、空気洩れのない二連球を用いて実験をしたのに反して、第一一回公判期日における検証の結果によれば、本件事件のときに用いられた二連球の網目のかかつていない方のゴム球から若干の空気もれがある事実が認められないではないが、本件当時とその空気もれの程度が同じであるとは直ちにいえないし(本件後実験等のためにかなり使用されたと認められる)、また右検証の結果による空気もれは、七ないし八秒に一回位の割合で小さな気泡が出る位であつて、その容量を数字的に確定することはできないが、これから生ずる誤差はそれ程大きいものではなく、前記の認定を左右するものとは考えられない。そもそも二連球の空気洩れは、品質管理が十分でないために、市販されている新品に見られる場合や、あるいは使い古された場合に見られるものであるが、もし空気洩れが著しいとすれば、それは二連球として本来の用をなさないものといわざるをえないし、被告人がそのような本来の用をなさない二連球を使つたとも考えられないからである。

(五)、次に、被告人が入院患者国田邦夫の病状を調べるために二階へ上つてから、また被害者のもとへ戻つてきた時間の関係を検討する。被告人が二階へ上つた時点で、ラクテツク容器内の注射液の残量が約一〇〇C・Cであつたことはすでにのべたとおりである。しかし被告人が二階へ上つた時刻については、被告人は午後一時五分前頃であるといい、それから五分ないし七分でまた被害者のもとへ戻つたといい(第七回公判)、証人八木スズイ、同江端えいも部分的にこれに副う供述をしているのに反し、証人弦巻レイは、被告人が二階へ上つてから二〇分位して、ラクテツク容器内の注射液がなくなりかけて、受付にいた被告人の妻八木スズイにその旨を伝えたが、間もなく被害者の容態が急変し、そのころになつて被告人が戻つてきたとのべている。

関係証拠によると、被告人が二階へ行くようになつたのは、看護婦である江端えいから二階の入院患者国田邦夫の熱が高い旨の報告を受けたからであることが認められるが、被告人がその時点で、二階へ上つて入院患者のためどれ丈のことをするかをすべて計画してから二階へ行つたものとは認められない。それはまず患者の容態を見たうえで決められるべきことがらであろう。被告人は二階へ上ると、患者の耳からピペツトに血を採り、江端をブザーで呼び、患者の問診をし、江端に血圧計を持つてくるように指示して階下から持つてこさせ、患者の打聴診、血圧測定をしたり、患者の傷の具合を見たりし、江端に血型血清を持つてくるように指示したのち、被告人自身がガラス板をとりに階下へ降り、診察室へ行つたところ、長野マセの容態が急変したことを知つたことが認められる。これらのかなり盛り沢山の行為は、予め予想し、順序だて、できるだけ時間を節約しようとの心積りで計画的に行動すれば、あるいは被告人のいうように五分ないし七分位の間にできるかも知れないが、被害者の容態の急変を全く予想することもなく、二階へ上つてからその都度必要な行為を決めてそれを実行しようとする場合には、もつと時間を要するものと見るべきであろう。証人江端えいの証言の中には、一方では、午後〇時すぎに自分が二階へ検温のため上つてから三〇分ないし四〇分すぎたのちに、被告人が二階へ行つた旨、被告人が二階へ行つてから江端が二度目に階下へ降りて血型血清をとつて診察室に行つたら被告人がいたが、その間の時間は一五分位(あるいは一〇分位ともいう)旨の供述がある。

以上のべたところと、証人弦巻レイの証言を総合すれば、被告人が二階へ一旦上つてからまた戻つて被害者の急変を知るまでの時間は、一五分ないし二〇分位と認めるのが相当である。そして被害者の死亡時刻が午後一時二〇分頃であり、被告人が被害者の容態の急変を知つてから死亡までの時間は関係証拠により一五分ないし二〇分であると認められるからこれらの時間の関係を逆算すれば、被告人が二階へ上つた時刻は午後〇時四〇分ないし五〇分頃であり、被告人が階下へ戻つて被害者の容態の急変を知つたのが午後一時ないし一時五分頃であるということになる。右の認定に反する被告人、八木スズイおよび江端えいの供述は右に説明したところに照らして採用できない。

なお被告人が二階にいた時間が五分ないし七分に過ぎないという主張は、それだけでは被告人に有利なものとはいえない。それに加えて、五分ないし七分でラクテツクの残量一〇〇C・Cが注入されてしまつたとすると、被告人の不在中になにものかが二連球に極端な加圧をしたのではないかとの疑いをさしはさむことによつて、始めて被告人に有利な事情となるのである。しかし鑑定人木村武司の鑑定の経過に現われた数値からも明らかなように、手で揉んで加圧したくらいでは加圧の程度が大であるからといつて、滴下量が極端に増大するものではない(せいぜい一分間に一〇〇滴程度である)。のみならず、五分ないし七分で一〇〇C・Cが滴下してしまつたとすれば、それは一分間に二〇C・Cないし一四C・Cが滴下したこと、あるいは一分間に三〇〇滴ないし二一〇滴が滴下したこと(被告人の供述により、一C・Cは一五滴と換算して)、すなわち一秒間に五滴ないし三・五滴が滴下したことを意味する(さきに述べたとおり、一秒一滴が標準である。)。機械器具類を用いて二連球を極端に加圧でもしたのでなければ、このような現象は起こりえないであろう。被告人不在の時間が五分ないし七分であるとする主張は、この点からも不合理であると思われるのである。

(六)  ひるがえつて、被告人が二階へ上つた隙に、弦巻レイその他の第三者が二連球により新たな加圧行為をしたことがあるかどうかを検討する。

第二回公判における検証の結果によると、弦巻レイの身長は二連球を加圧しようと思えばそれに手を伸ばして揉むことができる高さであることが認められる。しかしながら、関係証拠によれば、(イ)、前認定のように被告人が二階へ上つてから被害者の容態が急変するまでの時間は一五分ないし二〇分位であつたが、その間に江端えいが二階にいる被告人に呼ばれて診察室を通つて二階に上がり、また降りてきて被害者のそばの棚から血圧計を取つて二階へ上つていること、(ロ)、その後被告人の妻スズイが弦巻レイに呼ばれて被害者のそばに行つて点滴の薬液を取り換える作業をしていること、(ハ)、被告人の妻スズイは弦巻レイに呼ばれるまでは受付にいたが、受付から被害者および弦巻レイのいた場所までは約五メートルの近さであり、しかもその間には見通しを妨げる何の障害物もなかつたことがそれぞれ認められるが、一方(ニ)、証人八木スズイおよび同江端えいの各証言中には弦巻レイが二連球に触つていたという直接の供述はもとより、間接的にそれを窺わせるような供述も全くないことなどの諸点が認められる。右のような状況のもとでは、弦巻レイは二連球に触わつていないと認めるのが合理的であると言わざるを得ない。

更に、弦巻レイがもつていた点滴注射についての知識を検討すると、証人弦巻レイの証言によると、(イ)、同女は注射の際静脈の中に空気が入れば危険であるという程度の認識はもつていたこと、(ロ)、それまでに点滴注射は何度も見ていたが、二連球を使用した点滴を見たのは、本件の事故のときが二回目に過ぎないこと、(ハ)、輸液管についている調節弁をひねつて管を閉めれば、たとえ二連球から加圧された空気が送られて来ても、空気が、患者の身体に入るのを防ぐことができることは知つていたこと、(ニ)、しかし本件の場合はラクテツク注射液がなくなつた段階では、次の注射液を準備するため患者のすぐそばに医師の補助役として被告人の妻がいたので、同女をさしおいて調節弁に手を出すなどの行動に出なかつたこと、(ホ)、看護婦見習の江端えいから器具には触わらないように注意されていたこと、などの事実が認められる(もつとも本件当日江端えいらが弦巻レイに器具に触わらないように注意をしたかどうかは必らずしも明らかではない。)。ところで、医学的知識に乏しい素人が医師のもとへ行つた場合、常日頃から医療器具類に勝手に手を触れないように注意される機会も多く、またたとえ医師や看護婦に注意を受けなくても、医療という生命身体に危険が及ぶような場面では、素人が医療器具をいじるなどのことは、一種のタブーになつていると思われる。まして本件の場合、自分の母親が点滴注射を受け、その過程で空気が静脈に入ると非常に危険であることを知つている弦巻レイが、医師および看護婦を容易に呼ぶことができる状態の下で、点滴の速度を早めるために自分勝手に二連球を加圧する行為にでるとは到底考えられない。だからこそ、自分の母親である被害者の容態の急変を知つた際にも、タブーを破つて点滴の調節弁をひねるというごく簡単な行動にも出ることができなかつたと思われるのである。また被告人が二階へ上つた時点では、ラクテツク容器内の注射液の残量は約一〇〇C・Cに過ぎず、順調に点滴が行なわれていた状態であつたことが認められるから、更に二連球による加圧をする必要性も、弦巻レイがそのように考える余地もなかつたものといわなければならない。

そのほか、弦巻レイが長野マセの死をこい願つていたという疑も全くない。

以上のように弦巻レイが被告人が二階へ上つている隙に二連球を揉んで加圧したという疑は全くなかつたものと認められる。

なお、弦巻レイ以外の第三者は、当時被害者のそばには誰もいなかつたことが証拠上明らかであるから、弦巻レイ以外の第三者による新たな加圧行為の疑も認められない。

(七)、以上説明したところからすれば、本件の被害者長野マセの死亡は、被告人が当初二連球により加圧したため、ラクテツク容器内の注射液が被害者の身体に注入され尽くした後、引き続いて加圧された空気が被害者の静脈を通じて多量に体内に注入され、空気栓塞をひき起こした結果であることが明らかである。

三、注意義務および過失

本件のように、医師が患者に対してラクテツク容器に連結した二連球を使用して点滴注射を施す際、ラクテツク容器内の注射液が患者の身体に注入され尽くした後においても、二連球内およびラクテツク容器内に加圧された空気が残つている場合、その空気が注射針を通じて患者の体内に注入され患者が死亡する危険は十分予想されるところであるから、担当医師である被告人としては、二連球を使用して点滴注射をした以上、右の危険性を十分予見し注射液の残量が少なくなつたときには、直ちに点滴注射を中止し、あるいは二連球を取り去るなどすべきであり、もし自分がやむなく患者の傍らを離れなければならないような場合にはその時点でのラクテツクを容器内の注射液の残量のみならず二連球による加圧の程度を確実に把握し、自分のいない間に右の危険がありうる場合には自分に代つて看護婦その他の者に点滴の状態などを観察させ、必要な報告を徴し、応急の措置をとるよう指示するなどして危険の発生を未然に回避すべき業務上の注意義務があることはいうまでもない。しかるに、関係証拠によれば、被告人はこれを怠り自分のなした二連球による加圧の程度とくに、江端えいにいわれて被害者の傍らをはなれて二階へ行く時点での加圧状態を十分把握することなく、また看護婦見習である江端えい、妻である八木スズイあるいは付添人である弦巻レイにも点滴注射をつづけることから生ずる前記のような危険とこれを回避するためにとるべき必要な措置について何ら指示することもなく、漫然と診察室を離れて二階へ行つたものであり、その結果すでにのべたように本件被害者の死亡という結果が発生したものであるから、被告人の過失は明らかといわなければならない。

(法令の適用)

被告人の判示行為は、行為時において刑法二一一条前段、昭和四七年法律第六一号罰金等臨時措置法の一部を改正する法律による改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号に、裁判時においては刑法二一一条前段、改正後の罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するが、犯罪後の法律により刑の変更があったときにあたるから、刑法六条、一〇条によりもっとも軽い行為時法の刑によることとし、所定刑のうち禁錮刑を選択し、その刑期の範囲内で被告人を禁錮一〇月に処し、刑法二五条一項によりこの裁判の確定した日から二年間右の刑の執行を猶予し、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文によりその全部を被告人に負担させることとする。

(量刑の事情)

本件事件は、患者の静脈内に加圧された空気が注入されれば、患者の生命に危険な状態が生じるという危険性があるので、それを防止するという、被告人が医師としての基本的な注意義務に違反して生じたものであり、それも、例えば、直接医師が立ち会つていなくとも、看護婦や妻に二連球を使用したので注意するように指示するなど、被告人が僅かな注意を払えば容易に結果の発生を防げたのにもかかわらず、被告人がそれをしないことによつて一個の尊い人命を失なつたという事案である。そもそも医師は疾病という人類の一大苦痛を治療する重大な職責を負うものであつて、いわば患者に対する生殺与奪の権利をもつているといつても過言ではなく、そのために法は医師に対して高い教養、学識、技術を要求しているのである。昨今、医師の診療行為の過誤がしばしば取り上げられ、大きな問題となつているが、患者の生命、健康を護るべき医師はそれだけの細心の注意を尽くしてこそ患者の信頼を得ることができるのであるが、本件のように被告人が医師としての基本的な注意義務を尽くさなかつたため患者の生命を失なわせたことは、社会の医療に対する不信の念を増大させるものであり、これは被告人のみの問題ではなく、医療そのものに対して大きな影響を与えるものであり、被告人の責任は決して軽いものではない。

しかしながら、被告人に有利な点を考えてみると、本件は、点滴注射中に、別の患者の容態が悪化し、そちらに注意を向けなければならなかつたという思いがけない不運が作用していると思われ、医師としてのモラルが問題とされるような事案ではないこと、被告人は本件事件が一般に報道されたことによつて、開業医にとつては致命的ともいえるような社会的不利益をすでに受けていること、また被告人は医師となつて以来勤勉、実直に仕事を行ない、これまでには仕事上の落度というものは見受けられなかつたこと、被告人は被害者の遺族である弦巻レイ方へ事件発生後香典三〇万円を交付しており、自分の過失が法的に認められれば慰藉料等相当額を被害者の遺族に支払う旨の意思を表明していること、被告人は法廷の態度等を通じて事件の重大性を十分に認識していることが認められる。したがつて、被告人の刑事責任は決して軽くないのであるが、被告人の右有利な情状を考慮して、主文掲記の刑を相当と認めた。

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